「協力隊として移住してきました」というと、よく聞かれることのひとつとして、「3年後はどうするの?」がある。
協力隊受け入れ3期目(6人目)ともなれば、地域の人も慣れたもの。
「で、あなたは何がしたいの?」「卒業しても残るの?」

そりゃあもう、ぐいぐい聞かれる。

今治市は協力隊の定着率がいい自治体だけれど、私が配属されている吉海町に関して言うと、地区内での定着は1/5(今治市内で見れば3/5だから悪い数字ではないのだけど)。
地域の人の実感としては、協力隊はここに残らず卒業後はどこかへ行くひと。
「何がしたいの?(ここでできるの?)」
「卒業しても残るの?(そんなわけないか)」
そんな心の声が聞こえてくるよう。
それは「なんで(こんなところに)来たの」と大概セットで、
協力隊として認知してもらうだとか、目標を言っておいて応援してもらうだとか、そういうことを超えて、「ここで」やりたいんだと、声高に言う必要性を感じた。
こだわりはなく大島を選んで募集のあった吉海を希望したので、
しまなみ海道なら大島じゃなくてもいいかな、と思っていた。
やっぱり大三島、となったら店はそちらで開けばいいや、と。
(正直、別に広島でも構わないくらい)
でも今は、大島に、可能であれば吉海に残りたいと思うようになった。
そしてそれをたくさん口に出そうと。
地域の人のやさしさももちろんだけれど、それ以上にこのあきらめ感みたいなものが私をそう思わせている。

やりたいことは口に出した方がいい、ということは言われたし、そうだろうと思ったので、意図的にやっている。
ここで暮らしていきたい、ここでこういうことをやりたい、あちこちで言うし、何度も言う。
これは種まきだ。
種をまいた分だけ、芽が出る可能性も実がなる可能性も高い。
関係作りは土作りだし、笑顔や挨拶は雨水や日の光。
私たちのために実らなくとも、咲いた花が地域のひとのためになればいい。
「この子はカフェがやりたいんよ」「ダンナはコーヒー屋さんなんよ」
知り合った人が別な人に紹介してくれるのが、自分とこの子みたいに思ってくれているようでとてもうれしい。

ただ、「カフェをやりたいです」と言うのが、私はちょっと恥ずかしい。
「またカフェだってよ」って思われるんじゃないかとか考えてしまう。
実際、面接の時、カフェ、と口にした瞬間、ふ、と笑われたのは気のせいじゃないと思う。ああまたか、感。
「島でカフェなんか流行らないよ」と言われることも多いし、正直そうだろうなと思うし、そもそもカフェというか、コーヒー屋をやりたいのは夫であって、私はそれを応援したいんであって、でも夫はコーヒーしかできなくて、かといってカフェメニューを私が自発的にやりたいかっていうとそういうわけじゃないんだけどな、とかとか言い訳がぐるぐるして恥ずかしいのだ。
なにより「カフェがやりたいです!」と言い切れない自分が恥ずかしい。

「カフェ」という言葉が私たちが作りたいものをピンポイントに言い表せていない気がする、ということも私を躊躇わせる。
しっかり説明する時間があるときや聞いてくれる相手の時は、「本とコーヒーがある空間を作りたいんです」と言う。
図書館にするか古書店にするかカフェメインにするかまだ探り中なんですけど、と。
委嘱式のときに取材してくださった新聞には、「ブックカフェ」を目指すと載せていただいた。
一番通りがよさそうなので、最近は「ブックカフェをやりたいです」ということが多い。

「カフェ併設書店」勤務時代に散々ブックカフェ視察に行き、その本とコーヒーの比重が様々なのを見てきたので、自分たちの落としどころはどこかなぁ、と探っている。
まずは、「本」と「コーヒー」というふたつのキーワードが伝わればいい。
まだ、畑作りと種まき。
来年からはどんどん育てていかなければ。

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