こりおり舎はおしゃれか?
たまにこりおり舎を「おしゃれだね」と言っていただくことがあります。
店をおしゃれにしている意識はなく、どうにかしたい部分がいっぱいあるので、嬉しい反面、ちょっと気恥ずかしくもあります。
わたしが思うおしゃれなお店は、隅から隅まで設計の行き届いたスタイリッシュなお店、もしくは徹底的に古民家だったり手作りだったりを活かしているお店。
書店もコーヒー屋もいろいろ周る中で、たくさんおしゃれなお店に出会いました。憧れるすてきなおしゃれさも、ちょっと苦手なおしゃれさもありました。
おしゃれな店はいい店か?
店作りにおけるおしゃれさ、難しいポイントです。おしゃれならおしゃれなだけ「いい」とは限らないからです。
めちゃくちゃおしゃれなお店って入りにくいですよね。わたしはキラキラしたおしゃれ感のある服屋や飲食店は、敷居が高く感じて緊張するので苦手です。
このおしゃれさをわかるおしゃれな人に来てほしい、とか、おしゃれとかはいいから誰でも入りやすい気楽さが大事(おしゃれさを求める人は来ない)とか。
自分が作りたいお店の雰囲気や来てほしいお客さんが求める雰囲気が合っていれば問題なく、度合いを間違うとなんだかチグハグになってうまくいかないということになります。
とくに地方においては、おしゃれ過ぎるお店は浮いてしまうことも。逆に、こんなところにこんなおしゃれなお店が!とはやることもあります。
おしゃれな店は売れるのか?
おしゃれの度合いにもよるでしょうが、おしゃれなお店とそうでないお店があった場合、おしゃれなお店の方が売れそうですよね。入りにくいほどおしゃれなお店はともかく、自分が好きなおしゃれさのお店って、見ているだけで楽しい。並んでいるものもすてきに見えたり、そこに行く、そこで買う、ということ自体がスペシャルなことになったりもします。その店がおしゃれだということが購入の後押しになるわけです。
とはいえ、おしゃれなことがいいことばかりか、というとそうでもない場合も。
書店の場合、入りやすさという最初の敷居のほかに、手に取ってもらう、そしてそこから買ってもらう、というもう一段ハードルがあります。そこが、おしゃれ過ぎると上がってしまうように思います。
ほかの多くの小売でも同じハードルはあると思いますが、本は装丁の影響もあってか商品にも関わらずディスプレイしていると「飾り」感が出てしまいます。
きれいに飾られすぎているとそれが建物の一部、飾られている絵のようになり、手に取っていい商品として認識できなくなったり、手に取って崩すのを躊躇ってしまったりすることがあります。
おしゃれじゃないとどうなるか。
あまり親しみやすさを全面に押し出したり、古本だからといって積み上げたりしていると、商品にも関わらず乱雑に扱われることもあります。
以前町の本屋で働いていた時に痛感したのは、きれいに並んでいない、乱れた部分が少しでもあると、そこから荒れていくのは一瞬だということ。チェーン店の絵本コーナーなんてちょっとでも気を抜くと荒れ放題になってしまう。
おしゃれなお店は入る時点でお客さんを選ぶし、入ってからの行動も制限するのではないかなと思います。
おしゃれじゃなくてもいいけれど、この店ではこういう風に過ごしてほしい、振る舞ってほしい、ということは、店の在り方を通して表現していかなければいけない部分なのかなと考えています。
こりおり舎のほどよさ。
以前書いた選書についての話でも触れましたが、こりおり舎では気軽に足を運びやすい、居心地良く滞在しやすいことを大切にして店づくりをしています。本が好きな人に来てほしいと思うので、自分が選ぶ本もそうでない本も、大事に扱ってほしいとも思っています。
おしゃれにしているつもりのないこりおり舎でも、Instagramなどの発信でおしゃれなお店、と思って来てくださる方もいます。実際見てやっぱりいいな、と思ってもらえることも、なんか違ったな、と思われていることもあると思います。
島に住む地元の方々、とくに年配の方には「なんだかおしゃれで入りにくいと思っていた」と言われることもあります。
今は、あまり手をかけていない普通の民家の外観と、喫茶のこじんまりとした感じ、おばあちゃんの家のようと言われる和室に本が並ぶ様子が、ほどよく気楽でかつめずらしく、わたしたちにとってもお客さまにとってもほどよいのではないかと思っています。

おしゃれの度合いにもよるでしょうが、おしゃれなお店とそうでないお店があった場合、おしゃれなお店の方が売れそうですよね。入りにくいほどおしゃれなお店はともかく、自分が好きなおしゃれさのお店って、見ているだけで楽しい。並んでいるものもすてきに見えたり、そこに行く、そこで買う、ということ自体がスペシャルなことになったりもします。その店がおしゃれだということが購入の後押しになるわけです。
とはいえ、おしゃれなことがいいことばかりか、というとそうでもない場合も。
書店の場合、入りやすさという最初の敷居のほかに、手に取ってもらう、そしてそこから買ってもらう、というもう一段ハードルがあります。そこが、おしゃれ過ぎると上がってしまうように思います。
ほかの多くの小売でも同じハードルはあると思いますが、本は装丁の影響もあってか商品にも関わらずディスプレイしていると「飾り」感が出てしまいます。
きれいに飾られすぎているとそれが建物の一部、飾られている絵のようになり、手に取っていい商品として認識できなくなったり、手に取って崩すのを躊躇ってしまったりすることがあります。
おしゃれじゃないとどうなるか。
あまり親しみやすさを全面に押し出したり、古本だからといって積み上げたりしていると、商品にも関わらず乱雑に扱われることもあります。
以前町の本屋で働いていた時に痛感したのは、きれいに並んでいない、乱れた部分が少しでもあると、そこから荒れていくのは一瞬だということ。チェーン店の絵本コーナーなんてちょっとでも気を抜くと荒れ放題になってしまう。
おしゃれなお店は入る時点でお客さんを選ぶし、入ってからの行動も制限するのではないかなと思います。
おしゃれじゃなくてもいいけれど、この店ではこういう風に過ごしてほしい、振る舞ってほしい、ということは、店の在り方を通して表現していかなければいけない部分なのかなと考えています。
こりおり舎のほどよさ。
以前書いた選書についての話でも触れましたが、こりおり舎では気軽に足を運びやすい、居心地良く滞在しやすいことを大切にして店づくりをしています。本が好きな人に来てほしいと思うので、自分が選ぶ本もそうでない本も、大事に扱ってほしいとも思っています。
おしゃれにしているつもりのないこりおり舎でも、Instagramなどの発信でおしゃれなお店、と思って来てくださる方もいます。実際見てやっぱりいいな、と思ってもらえることも、なんか違ったな、と思われていることもあると思います。
島に住む地元の方々、とくに年配の方には「なんだかおしゃれで入りにくいと思っていた」と言われることもあります。
今は、あまり手をかけていない普通の民家の外観と、喫茶のこじんまりとした感じ、おばあちゃんの家のようと言われる和室に本が並ぶ様子が、ほどよく気楽でかつめずらしく、わたしたちにとってもお客さまにとってもほどよいのではないかと思っています。

おしゃれさだけではなく量も「ほどよい」ことが大事なのではないか、と感じています。
書籍や雑貨はほとんどが買い切りなので、こりおり舎を通してお客さまにお届けできる量、を意識しています。売り切れでご迷惑をおかけすることもあり心苦しいのですが、だんだんとほどよい量を掴んでいきます。
書籍や雑貨はほとんどが買い切りなので、こりおり舎を通してお客さまにお届けできる量、を意識しています。売り切れでご迷惑をおかけすることもあり心苦しいのですが、だんだんとほどよい量を掴んでいきます。
多売ではなくあえて生産を抑える「つくりすぎない」取り組み。
— ちぢき📖こりおり/島の本屋と珈琲焙煎所 (@coriolisbooks) February 20, 2022
こりおり舎でも「ほどよさ」を探っているところがあります。
ほどよい量をつくる https://t.co/nSXSn7Daxt#こりおり舎 #島の本屋 #自家焙煎 #本と珈琲 #愛媛 #今治 #しまなみ海道 #しまなみ大島 #本屋 #しごとのわ #ほどよい量をつくる
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